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コラム47 私の宝物 〜その1:久留米大学附設中学サッカー部〜 2012.10.26

相当に「変なおじさん」になりつつある自分を深く自覚する今日この頃ですが、その性格・人格・行動規範はどこから来たのか?自問自答しながら、「私の人格形成に大きな影響を及ぼした宝物」をご紹介しましょう。

まず今回は、「久留米大学附設中学サッカー部」ユニフォームです。

私は、九州・福岡県久留米市にある、久留米大学附設高校の第23期生ですが、この田舎の学校が中高一貫教育を始めた際に、久留米大学附設中学に入学した中学第1期生でもあります。
先輩がいない、いるのは、わずか45人のクラスメートと、3歳以上年の離れた高校生の大きいお兄さん達ばかり、という環境の中でサッカーを始めました。
監督は東京教育大学で野球部に所属されていた田中先生。
田中先生が「エイッ」と投げこんでくるボールをヘディングする練習があったのですが、まさに、星飛雄馬が投げる(ように感じた)剛球は本当にこわかったです。
私の頭がデコボコで、まるで「ザトウクジラみたいな断崖絶壁」状態である原因の1つだと今でも信じています。

また、凄かったのは、そのシステム。
当時は、世界的には、旧来の「WMシステム」から、「4-2-4」への移行期で、1970年メキシコワールドカップで、ペレやトスタン、ジャイルジーニョ、カルロス・アルベルトなどを擁したブラジルの先端的システム「4-2-4」が世界を席巻し始めた時代です。
ところが、田中先生がとったシステムは、更にその先を行く「フラット3バック」で攻撃型の「3-3-4」!!
両ウイングとトップ2人、そして、能力高くかつ運動量豊富な中盤タレント3人がチームの中心でした。
目指すサッカーは、細かなパス交換をしながら、前線のフォワード4人が縦横無尽に相手フィールドを切り裂いていく「マジックマジャール(ハンガリー)」タイプです。
皆さんも覚えていらっしゃるように「フラット3」を日本代表が取り入れたのは、それから30年も後のこと、あの赤鬼トルシエ時代の2002年です!
日本代表を30年も先取りするような、極めて先進的なチームでした!!
チームは、中学3年春・夏の久留米市内大会で優勝し、さらには筑後地区大会でも優勝して、見事、福岡県大会まで進出しました。

えっ?私?
私は、左のサイドバック。
「4番」の背番号のユニフォームをいまだ大事に持っています。

私がこのサッカーから学んだ事は数多くあります。

1.

「キャプテンシー」。われらがキャプテンは凄かったです。(自問自答:我が社の経営陣はキャプテンシーを発揮しとるか??)

2.

中盤。華麗な中盤こそチームの中心。惜しみなく動きまわる「体力」と「技術」。まさにエンジン。(自問自答:我が社のエンジンはどこにあるんじゃい??)

3.

自律性。サッカーではよく「インテリジェンス」と呼びますが、監督の指示を待つのではなく、自分で考えて局面を打開していく、そういう能力です。(自問自答:社内の指示待ちのメンバーは何を考えているの??)

4.

そして、「アイコンタクト」。「パスを出すぞ」「走るぞ」「まかせるぞ」という合図は常にアイコンタクト。(自問自答:目も合わせないで社内の意思疎通なんかできんぞい!!)


仕事の場面において、「アドレナリン」多発状況になる時がありますが、そういう時は上記4つの自問自答のどれかが、私の頭の中でグルグル回っているのです。

そして、それらの重要性に気づかされたのは、後方で、ゲームの流れを見る事ができた「4番」というポジションだったからこそ。
私が、今でもこの「4番」のユニフォームを、感謝しながら大事に手元に置いておく理由はそこにあります。
<今回、あまりにプライベートな事なので「英文は無し」です。>



2012年10月

代表取締役社長 清水 明

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